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なでしこジャパン『澤穂希選手』が現役引退を決意した理由は? [スポーツ]

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小学2年生の8歳からお兄さんと一緒に東京府中市にある「府ロクサッカークラブ」に入団し、サッカーを始める。1993年の15歳で日本女子代表に招集、初出場を果たし、4得点を挙げるなど素晴らしいデビュー戦を飾った。

それから22年もの間サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」の顔としてメンバー皆を牽引してきた、澤穂希さんが、約29年間のサッカー人生に幕を下ろす事となった。


12月17日に東京都内で引退会見を開いた、澤さんは「最高のサッカー人生でした、本当に悔いなく、やり切った」と振り返り話し始めました

現役引退を決意した理由は、「心と体が一致してトップレベルで戦うことが難しくなってきました」と明し、12月に入ってから、自身で引退の決意を固め、家族、関係者らに伝えたと言う。今季前も現役続行か引退かで しばらく悩んでいたそうです


澤さんは2011年にFIFA女子ワールドカップ・ドイツ大会にキャプテンとして出場し、史上初となる優勝に貢献し、自身も日本人初となるW杯での得点王とMVPの二冠を達成した。その後、2011年度のFIFA年間表彰式にて男女を通じてアジア人では史上初となる「FIFA最優秀選手賞」を受賞し世界中から賞賛を受けた。

翌2012年のロンドン・オリンピックでは惜しくも決勝でアメリカに敗れるも、自身4度目の出場で史上初の銀メダルを獲得した。




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2015年・夏のFIFA女子ワールドカップ・カナダ大会では準優勝した直後に、選手生活への満足感があり、少しずつ引退へと気持ちが傾いていったことを明かしました。


今までで一番うれしかったゴールは「2011年ドイツW杯のアメリカとの戦いで決勝の同点ゴールをした右アウトサイドのシュートかな」と思い出しながら答えた。


最初に誰に引退を伝えたのか「主人です。何を言っても私のサッカー人生ですので、自分の言ったことは受け入れてくれた。『お疲れ様』と、『ありがとう』と言ってくれました」と話し、「本当に今年1年頑張れたのもたくさんの方々が支えてくれたのもあったが、主人の存在が大きかったです」と答えた。


また引退後については、「現役中は指導者はないなと思っている部分があったが、もしかしたら指導者をやりたい気持ちになるかも」と実際に引退してから、じっくりと考えて見ないとわからない様子で、「そのときの気持ちを大事にしたい」と話した。

もし「指導者に興味を持ったら、資格は必要なので、サッカーを深く知るためにもライセンスを取るのは事は大事だと思います。そのためにライセンスは取っておきたいです」と意欲的に語った。


チームメートの大野忍さんは澤さんの引退に「信じられない気持ちがある。さみしいの一言」と話し、川澄奈穂美さんは「女子サッカー界に一番貢献してきたのは澤さん。個人的には澤さんの赤ちゃんが見たい」と笑顔で話していました。


澤さんはFIFA女子ワールドカップを6大会連続で出場、五輪にも4度出場を果たし、国際Aマッチ205試合出場、83得点はいずれも男女を通じて国内最多となります。今回が現役最後の大会となる「皇后杯全日本女子選手権」で、チームは8強に進んでおり、「最後は笑顔で終わりたい」と意気込みを見せていました。



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